Reading Note: Scribal Culture in the Edo Period (Kornicki)

My personal reading notes are usually too sketchy and poorly-written to be made public, but occasionally I write more detailed summaries for works that I consider particularly important, such as this excellent overview by Peter Kornicki on Japanese manuscript culture of the Edo period. Reproduced below is my reading note on the article, with minimal revisions based on my original notes.


Peter F. Kornicki, “Manuscript, Not Print: Scribal Culture in the Edo Period,” Journal of Japanese Studies 32.1 (2006): 23-52.

This article seeks to correct the usual scholarly characterization of Japan’s Edo period (1600-1868) as a “print culture,” (shuppan bunka 出版文化), a perspective which overlooks the continued circulation of many manuscript books. Kornicki sees this misconception as having arisen from the fact that most previous scholarship had relied on collections of large university libraries and museums that hold very few manuscripts, whereas only recently did local archives, with their larger manuscript collections, become widely available to researchers.

Kornicki classifies Edo-period manuscript into “private” and “public” types, moving on to list and explain the forms of texts that belonged to each category (for Kornicki’s definition of each type, see p. 27). Private manuscripts included financial and legal documents preserved for future reference, “accounts of journeys, personal poetry collections, records of music performances… commonplace books or notebooks filled with lengthy extracts copied out for future reference,” and so on (28). Private manuscripts might have been produced for reasons of religious devotion, as calligraphic works art, or to reproduce hard-to-acquire books and banned books.

Public manuscripts might have included “books of limited local interest, news, and illicit books” (33). The last category would have included, among others, the important genre of jitsuroku 実録, or semi-fictional accounts of political and sensational events. These public manuscripts could be produced for “the preservation and transmission of knowledge or texts, the restriction of access to texts, a response to purely local needs and interests, and the evasion of censorship” (33). Kornicki ends this section by providing several examples of the types of manuscripts found in smaller local collections. There is also a case study of the distribution of extant copies of the jitsuroku text Keian taiheiki 慶安太平記, which did not become printed until the early Meiji period.

The conclusion discusses several points not directly addressed in the main text. Kornicki’s ultimate conclusion is that Edo Japan had a continued and possibly ever more vibrant manuscript culture that makes it insufficient to characterize this period as a “print culture.” I think his evidence is very convincing.

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4 Comments

  1. 10年ほど前に、コーニツキ先生の講演を拝聴したことがあります。その時は、publishという概念を「出版」に限定せず、もっと広く取ったらどうか、という提言であったと記憶しております。
    この論文は未読ですし、日本文化については無知ですが、お書きになった紹介・書評をもとに、思いついたことを少々。
    日本の学者は、なかなかとらえどころがありません。たとえば、「江戸時代を出版文化の時代と特徴付けるのは行き過ぎではないか?相当に強い写本文化もある」と主張すると、ほとんどの学者は、「もちろん、写本文化もありますよね。大切ですよね」と同調するでしょう。しかし、相変わらず「出版文化」の概念を平然と用い続けるでしょう。
    つまり、「出版文化もあれば、写本文化もある。今はただ、出版文化の面をとりあげているだけ」という感じです。もともと、「写本文化は無視してよいほど弱く、出版文化の面を把握しさえれば、江戸時代の書物文化が分かる」というような確乎たる見通しに基づいて、出版文化を強調しているわけではないのでしょう。
    「江戸時代を出版文化の時代と特徴付けるのは行き過ぎではないか?」という最初の問題意識からすると、「のれんに腕押し」という結果になりそうです。
    事実としてこの論文が、江戸時代を研究する学者たちにどのように受け止められているのかは知りません。ただ私の理解した範囲での「日本の学者の傾向」を言ったにすぎません。一般的に、フレームワークを議論したがらない人が多く、日本には目録学も生まれがたいように思っているので、以上のように書きました。
    なお、書写の文化という設定を行うと、「書物」以外のものが相当多く含まれてきますので、もっともっと気宇壮大なテーマになりますよね。日本古代の竹簡から近世・近現代までの書写文化の流れが体系的に明らかになれば、これはすごい業績になりそうです。その際には、「日本における書物とは何か?」「日本の書写文化と書物文化とはどのような関係にあるか?」という問いが必要のように思っています。

    Reply
  2. いつも貴重なご意見ありがとうございます。論文の内容についてですが、自分用のノートには書かなっかった点について少し補充します。

    1. この論文で扱っている写本は「本のように裝訂されたもの」に限られており、手紙や冊子になっていない契約書などは範囲外になっています。もっと広い意味での書写文化や文字の伝達・受容は実は私が最も関心を持っている分野でもありますが、ここでは一時的区分法として冊子の形になっているものを「書籍」とみているようです。

    2. 私のノートでは論文の中心主張だけを強調して具体的内容をあまり紹介できていませんが、この論文の最大の有用性は単に江戸時代にも写本がいろいろあったと主張するだけではなく、これら写本の種類と書写目的について大ざっぱでありながらも分類を試みている点にあると思います。私としては中国の写本も日本の写本・版本もあまり接触したことがないので、もし将来何らかの江戸写本を扱うことになったとき、それが同時代の他の写本や版本とどの様な同異点があるのか考える上で、大変便利な枠組みを提供してくれていると思いました。

    「のれんに腕押し」というのは考えてみれば確かにおっしゃるとおりの反応は見えてきますね。一部違う反応もありそうな気もするのですが、私は日本史については英語文献を読むのだけでも精一杯、日本語文献は少々つまみ食いしている程度なので、今のところは自分の勝手な想像を書くことは控えておきます。ただ欧米と日本の研究視点の違いについていろいろ考えさせられました。時間があれば明日あたりに改めて思いついたことを少々書き留めておきます。

    Reply
  3. 学退先生
    前コメントの続きです。投稿が断続的ですみません。。。ここ数日旅行中で、ネットアクセスが少し難しくなっています。
    この論文の受け止められかたというお言葉で思い出したことですが、欧米の日本史研究は日本の学者の研究成果を総合的に取り入れ、新しい枠組みを提起したり、もっと分かりやすく説明したりするものが多い印象があります。このような二次的研究は日本の学者はあまり読んでいないのではないかと思うのですが、実際のところどうなのでしょう。
    実際、口頭試験の準備で読んだ論文の中にほとんど全て日本の学者の研究成果に頼ったものが幾つかあり、最初は少し戸惑いました。これは私の勝手な推測ですが、このような傾向は日本における日本史研究があまりにも強いためではないでしょうか。もちろん、このような二次的・概説的な研究は専門外の私にとっては日本語の文献よりも理解しやすく、マイナー分野の知識をつけるためにはとても有効的で、大変有意義なものだと思います。ただ、一次史料をほとんど使っていないのも事実なので、日本の研究者からあまり相手にされなくても不思議でないというのが私の印象です。(ただしこのKornicki先生の論文は一次史料を使っている部分も多くあるので、少しタイプが違うと思います。)
    またまた推測ばかり書いてしまいました。まだまだ英語圏の最新の研究は読んでいないものがあまりにも多いので、いろいろと間違っているかもしれません。ただ、日本語の中国史に関する研究と日本史に関する研究を比べると後者のほうが欧米の研究に触れる割合がはるかに低い気がしたので、どうしてかとこの頃考えていました。
    ちなみに私にとっては江戸時代が出版文化だろうと写本文化だろうと、またはその二つが一定の比例で混ざり合ったものであろうと、そのような観念的なことはあまり重要ではありません。ただ特定の時代と環境における個人個人の読書習慣に興味があるので、当時の人たちがアクセスできた情報や本の種類を考える上で、特定のタイプの本が版本では流通していなくても写本ではアクセスできた、という事実はとても有用なのです。

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  4. Weiwei

     /  2015/06/08

    They way he divided public v. private is very interesting :D

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